番外編 – 2

2011年1月21日 § コメントする

今晩も番外編。

今度の検査、治療後はすごく調子が良い。
まず歩く早さが違う。 前回の手術後は早く歩けなかった。 家族の者にも何で遅いのと言われたぐらい歩くのが遅かった。
退院後初日の今日は違う。 ものすごく早く歩くことができる。 山を風のように歩いていた(^^)、若い時を思い出したぐらいです。
やはり、突然の心筋梗塞のダメージは大きなものがあったのでしょう。

自然を人間が制御できないように、紙の上のにじみも制御できません。
制御ではなく、予測と経験を頼りにするくらいでしょうか。

番外編

2011年1月20日 § 2件のコメント

検査入院、無事終了。

入院中にこの「ドローイングでちょっと」のことなど考えていました。

今日は番外編。

持って行くもの

2011年1月16日 § コメントする

明日から検査入院です。
目的は半年前に手術した心臓の右冠動脈2番に再狭窄がないかどうかを調べることです。

前はいきなりでしたが、今度は事前に準備ができます。
持ち物は、2冊の本とiPod touch。
本は、「出会いを求めて 新しい芸術のはじまりに  李 禹煥」。
30年以上前に読んだものです。
もう1冊は、「五體字類」。
これで退屈するひまはないでしょう。

では、退院後まで、しばらくお休みです。

驚きの事実

2011年1月15日 § コメントする

何が驚きかということですが、プランターで育てている白菜が食害にあっているのです。

青虫はいないし、ナメクジも寒くて出てこないのに何が白菜の葉っぱを食っているのか。
白菜だけではありません。さやえんどうの葉も食われてしまいました。

犯人はひよどりでした。
ひよどりがプランターの縁に降りてきて、白菜の葉の端からつついて食べているのを今日確認しました。

秋にはスズメにバケツに植えた稲に実った米を食われ、今度はひよどりに白菜とさやえんどうを食われています。

祝100日

2011年1月14日 § 2件のコメント

祝100日と自分で祝ってしまいました。
今日で毎日描いてアップして(時々日にちがずれたりしましたが)、100枚目、100日目です。
まあ、ひとつの区切りの数字として「祝」の気持ちです。

月並みではありますが、これがスタートです。

枠の中の仕事

2011年1月13日 § コメントする

昨日、井上有一の本を探しました。 なぜかというと、数日前に磯江毅の手紙のことを書きましたが、その中で井上有一の「書の解放とは」からの引用があったからなのです。
引用の引用になりますがこんなことが書いてありました。
「すでに紙面が限定されている以上、真の自由はそこにはないように思えますが、じつはそうではない。・・・中略・・・造形表現の場で考えてみても、枠のない表現なんてありえませんよ。みんななんらかの枠の中で仕事をしている。枠の中で枠にとらわれない仕事が本当の仕事であると思うのです。」
造形表現の世界だけでなく、よく言われるようなことなのですけど、もう一度読んでみようと思ったのでした。

井上有一の本を探しに

2011年1月12日 § 2件のコメント

帰りに井上有一の「書の解放とは」という本を探しに書店に寄りました。
リブロとジュンク堂を探しましたがもう古い本なのかありませんでした。

4、5年前に古本屋に売ってしまい後悔。

第一印象

2011年1月11日 § コメントする

今まで58年、幼少をのぞいて48年の経験上として、第一印象の良かったものがそのまま良かったということは95パーセントなかった。逆に第一印象の悪かったものは95パーセント、後で必ず自分にとって良くなった。
自分がひねくれているからかどうかわかりませんが、今日もそれを証明する店に出会いました。

mujinaさんと一緒に仕事のあと寄った中華料理屋。店に入った瞬間、店内の料理人の顔つき、などなどほとんど失敗したか!という感じだった。しかし、それはすぐに、うまい!に変わりました。最後は、安い!。

今お付き合いしている皆様は、第一印象、悪かった人たちばかり。

お許しを。

寒い

2011年1月10日 § コメントする

大分寒くなってきました。
外に出しっぱなしになっていた君子蘭が朝の寒さで葉がだらりとしてしまいました。

この3日間、筆管を持たずに筆管の先に付いている紐を持ってぶら下げるようにして描いています。
手の作為を少し消せたように思います。

昨日のアップが下書きのままで出来ていませんでした。
「公開」というボタンがあるのですが、それを押し忘れたようです。
飲みつぶれていたのではありませんのでご安心を・・・。

「鰯」の絵の続き

2011年1月9日 § コメントする

画集の最後にある磯江毅の「現代写実絵画研究所同人及び関係者への手紙」の中より。

「私は、写実は出発点であって最終目的だとは思っておりません。いうならば、写実を極めることは、写実ではなくなってしまうことと考えています。」

Where Am I?

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