歎異抄の一文

2011年5月11日 § コメントする

歎異抄を読んでいて次の一文に当たりました。

「念仏には無義をもて義となす。[義(はからい)なきが念仏の意義である。:岩波文庫の注釈]」

これを読んで、念仏をアートに置き換えたらそのままアートの話になるではないか!と思いました。

続け始めたこのドローイングをいかに意味のないところまで描き込むことができるか。

悩む人

2011年5月10日 § 2件のコメント

仕事の延長線でのこと。
食事と酒をご一緒したお客さんの社長は一人の社員のことに悩んでいられた。
何とか会社の一員として仕事を続けてもらいたいけど、どうも難しい。

難しい選択をしなければいけない立場になっていられた。

でも客観的に聞く立場としては相手は何も悩んでいないかもしれない。
そういうことも思うとこういうことは本当に難しい。

悩まなくて良いという考えも当然あるだろう。

このドローイングも200枚を超えたけど、そのうち何なんだろうと思うときが来るはず。
もう来ているかも知れないけど。

話は違うかも知れないけど、物事の中断というのはそれなりのエネルギーがいるということ。

続けるのも止めるのも、簡単に「はいそうですか」とは行かないことが多いのでは。

どんなことにせよ、何かを決めるということは大きなエネルギーが必要かな?。

今日のドローイングは日付が変わりましたが、帰宅したのがすでに0時45分。
身体的にまだ10日なので時間を10日23時59分でアップします。

台風1号

2011年5月9日 § 2件のコメント

台風1号が発生。

さらに追い打ちをかけるような大きな台風が来ないように。
天気予報で台風発生を知ってそう思いました。

夏の日差し

2011年5月8日 § コメントする

今日はもう夏。

山中番外編

2011年5月8日 § 2件のコメント

この連休に田舎に帰って畑仕事やらして戻って来ました。

昨年はまだ小さかった鹿の子供が大分大きくなっていました。おしりの毛が白くてかわいらしい鹿ではありますが、これが作物の芽を何でも食べてしまうやっかいもの。親に付いて村を離れずそのまま居着いてしまいました。2匹います。どうやら牝のようで、このまま放っておくと村の人口より鹿の数が上回ることになるかもしれません。

ほとんどの芽を食べるので草は生えにくくその点はほったらかしの庭や空き地に生える草が少なくなっています。

鹿が出て、鶯の声に目覚めるという田舎でのドローイングをまとめてここに載せます。


以上、6点。



一週間の生長

2011年5月7日 § コメントする

4月29日から5月5日まで出かけていて戻ってみるとプランターのさやえんどうは実が入って大きく膨らんでいるし、そら豆は大分大きくなっているし、芽が出ていなかったへちまも双葉を土の中から持ち上げようとしていました。

一週間と言えど植物は大きく生長していました。

春の空気

2011年5月6日 § コメントする

春の空気には、花粉混ざりの空気や黄砂混じりの空気などありますが、田舎の山の中での朝の空気は少々の黄砂が混じっているにせよ清々しいものでした。

春の空気はやはり少し潤いがあるのでしょうか。

少しひんやりとした湿っぽさと視覚の中の若葉が本当に清々しく、おいしい空気でした。

呼吸

2011年5月5日 § コメントする

奈良の田舎に帰って畑にキクイモ、ヤーコン、生姜などを植えて来ました。
渋滞で朝9時半に出発して帰宅が夜の9時半になりました。

ドローイングはその間描いた田舎編を後日掲載します。

今日は本日(5月5日)から始める新しいシリーズ、呼吸の1作目をご覧ください。

Where Am I?

ドローイングでちょっと5月, 2011 のアーカイブを表示中です。