常識という無意味
2011年6月9日 § コメントする
今度の震災で原発が人の生活のための発電に使えないどころか目に見えない放射能で人の生活を根底から奪う結果になっていて、津波で跡形もなくなったことに較べると家も自然も何もかもそのままあるけど放射能に汚染された地域はそこに住めないということになっています。
そして被災地から遠く離れた東京で節電しないと電力不足になるということで公共の照明はあらゆる所で消されています。
ということで、今常識と言える一つに節電があると思います。
常識というのはそういうように社会の大多数の人が同じことをするだろう思うだろうということだと思っています。
だからそうしない人もたくさんいます。
今日は、ここだけ節電しても関係ないでしょうという人がいて、がっかりしたわけです。
今まで、この常識で話をして何回おもしろくないことがあったか。
そもそも常識ということが自分の考えでないわけだから、そこに腹を立てることもないとは思っても、やっぱり、「おまえ、ちゃうやろ!」となるのはなんででしょ。
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