怖さを感じた風景

2011年6月20日 § コメントする

先週の土曜日に木更津の方に潮干狩りに行きました。

広い砂浜に子供や大人が散らばって貝を取っています。その風景を遠くから見たとき、津波が来てみんなさらわれてしまったら、と想像してしまいました。

大きな船が岸に停泊していましたが、あの船が陸地に乗り上げてしまうくらいの大きな津波だったのだと思うと恐ろしくなりました。

高い橋の上から新聞やテレビで見る東北の被災地の風景を重ねて見てしまいました。

あった色

2011年6月19日 § コメントする

もともと色がシミのようにあった。

今日から新しいシリーズ、「あった色」です。

墨とドーサ以外に初めて絵の具の登場です。

父の日のプレゼント

2011年6月18日 § 2件のコメント

息子から欲しかった本を父の日のプレゼントとして貰いました。

うれしいですね。

メッセージなんか付けていてくれて、それがまた最高のプレゼントでした。

本は、「鋸・墨壺 大全」というもの。

メッセージは息子の手前もあるので非公開(笑)。

そのメッセージは今までで一番うれしい言葉が書かれてありました。

こむらがえり

2011年6月17日 § コメントする

昨夜は強烈なこむら返りに見舞われた。
夜中の2時頃、あまりの痛さに痛い!いたたたたっ!と声を出して目が覚めてしまいました。
朝になっても攣った左足は筋肉痛のような痛みが残っていました。こんなことは初めて。

しばらく痛みをこらえるうなり声を出していたのですが、しかし、隣の部屋で寝ている愛妻はその声が聞こえなかったのか起きてこなかった。

今日は力作?

2011年6月16日 § コメントする

今晩のドローイングはなんと30分掛けて描きました。

真っ黒になってしまいましたが・・・。

3歳の孫ちゃんが来て、吊して乾かしているのを見て、「あれ、なあに?。おばけ?」。

3歳の子供が「おばけ」というのは「こわい」ということなのか、「へんなもの」ということなのか、「わからない」ということなのか、なんだろうと思いました。

年を取って出来なくなること

2011年6月15日 § 2件のコメント

年を取って出来なくなることはいろいろあるでしょうが、今一番これはもう出来ないと思っていることに徹夜が出来なくなったことがあります。
夜中の1時にもなるともう眠くて仕方ありません。もうちょっと仕事をしてからと思ってもすでに目は半ば閉じています。酒を飲んでいるときは酔っぱらいの興奮状態で2時くらいまでは大丈夫でしょうか。それにしてもやはり10年前と比べるととても早く寝てしまいます。

 

ちょっと待って

2011年6月14日 § コメントする

描いたところで乾かしています。
ちょっとお待ちください。

墨色があまり変わって見えないので境界線もぼけてしまってわからない。

今晩はもう眠くて・・・。

境界のこと

2011年6月13日 § コメントする

今描いているシリーズは境界を意識しています。

紙の上ではもともと境界はないのですが描くことで境界が生まれてきます。

セザンヌのサントビクトワール山の空と稜線との境界は双方からせめぎあって緊張感のある境界に感動すら覚えます。

音楽は音と音の境界の連続なのかもしれません。

人の社会では境界は欲の境界かな。

大きさのこと

2011年6月12日 § コメントする

このドローイングの紙の大きさは横30センチ、縦25センチほどです。

2メートル四方ぐらいの大きさの紙に毎日描けたらおもしろいだろうな、とふと思いました。

 

新聞の片付け

2011年6月11日 § コメントする

3月11日の地震あと、新聞を1ヶ月ほど捨てないで部屋の中に積んでいましたが、それを今日片付けました。
今日で3ヶ月が経ちました。

1日の新聞から1枚は切り抜いてまたもう少し置いておこうと思い切り抜きました。

切り抜いているとまたどうしようもない無力感と悲しみと傍観者という立場がやるせなく、大川小学校の児童のことなど後から知ったことを重ねてみていると目頭が熱くなりました。

新聞は朝日新聞ですが、3月14日付けの女性が道路に座り込んで遠くを見るようにして泣いている写真がありますが、やはりこの写真が今度の震災の悲しみを象徴しているように思いました。
背景は瓦礫の山。
この女性が失ったものが何でどれほど深い悲しみかはわかりませんが。

 

Where Am I?

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