挨拶はお天気から

2011年7月21日 § コメントする


天気のことは共通のことだから挨拶に使われます。
今日は台風も日本列島から南に離れて雨も止みました。
台風はどんな台風でも被害なしで過ぎ去ってくれないところに自然の力の大きさを思い知らされます。

昨日ふとこんなことを思ったので下書きに書いていました。

人は秩序を築いていると錯覚しているのかもしれない。
無秩序の世界に人の社会という秩序を築いていると。

夜中に神経がショートしたか前に読んだ本の一節でも思い出したのでしょうか。

話はまた変わりますが、朝日新聞デジタル版を見ていて、関西経団連が原発稼動を要請したというような記事があったはずなのだが今見るとどこにもない。自民党が原発依存を続けるという記事も無くなっている。
やはり印刷しないとだめなのでは。ダウンロードしたデータも再度読み込まれて変わってしまっていた。
これって明らかに情報操作ですよね。恐ろしい。

まさに絵日記

2011年7月20日 § 3件のコメント


前にある方にこのブログのことを絵日記ですねと言っていただいたことがあります。
ほんとうにそうだなあと思うようになってきました。

描くことはすぐに描けても書く方は何を書こうかと考えてしまうことが多い毎日です。酒に酔っ払っているときは原発やバカな大臣のことを後先顧みずすらすら書いてしまったりしますが、本当に頭の中これといったことがなく何を書こうかという時が多いのです。そして何を書こうかと考える。0時までという時間切れでこの間のようにドローイングだけになるときもありましたが、本来の毎日描くというところからすればそれで良いことだし、そうするとまさしく絵日記だなあと。

話は突如思い出したように変わって、磯江毅の展覧会の話。
練馬区立美術館で10月2日まで磯江毅の展覧会が開かれています。
画集で見ていた絵を近くの美術館で見ることができる。

うずまきタイプ

2011年7月19日 § 4件のコメント

今度のシリーズ名は「うずまきタイプ」としました。
名前そのままに渦巻きを描き重ねてみます。

台風が紀伊半島に上陸しそうです。
気象庁から河川氾濫の危険情報が出されているところがあります。
奈良の田舎の村が心配です。4、5年前だったか、ちょうど帰っているときに台風が接近して断水に備えて雨水を溜めるために庭に出した洗面器からあっと言う間に雨水があふれる猛烈な雨を見ました。
こういうときに村に繋がる道が崩れたりするのです。
1昨年は村の水道が壊れました。
畑も心配です。せっかく育ってきているはずのキクイモやヤーコン、里芋など風で倒されてしまうかも知れません。
遠い畑でなんとすることもできませんが・・・。

一区切り

2011年7月18日 § コメントする

今回の「色と墨」も今日で15枚目となりました。
ということで一区切り。

今日は日本の女子サッカーがアメリカを下して優勝。

超大型台風接近が気になります。

明日からもまた色を重ねてみます。

おまけがあります

2011年7月17日 § 4件のコメント

今日は一年半ぶりに一人で山を歩いてきました。
西武線の高麗で降りて、日和田山から物見山、北向地蔵、五常の滝を経て武蔵横手駅までのコースです。

朝寝して起きたらもう8時半。天気は良いし、気持ちが落ち着かない。よし、山を歩こうということでリュックにカメラと救急用品を入れて即出発。
西友で水2本、お茶1本、おにぎり2個を買ってリュックの中へ。

暑かった。ちょっと登りになると汗がばっと噴き出ます。
でも305メートルの日和田山山頂では風が涼しく、お昼のおにぎりもおいしくいただけました。
心臓にも異常を感じませんでした。

そんなことで今日は山歩きで撮ってきた写真がおまけです。

   

  

取りあえず

2011年7月16日 § コメントする

山に向かいて

2011年7月15日 § コメントする

今日の題の「山に向かいて」は登山家の長谷川恒男が書いた本のタイトルです。本は1987年10月初版です。

この中で、岩壁を目前にして登れると思ったときはだめだ、というようなことが書いてあったことを覚えていて、それがいつも頭の中にあるのです。どこに書いてあったか、もう24年も前に読んだ本なのでわかりません。

もう一度その話が書いてあるところを読みたくてこの2週間ほど机の上に置いてあります。

結局は読み返さないのかもしれない。そう思った方が気が楽になります。
自分自身にでも課せられるというのは億劫になるようです。

社会と芸術

2011年7月14日 § コメントする

たいそうな題ですみません。

社会と芸術は切っても切れない関係と思います。
なぜなら、作者はこの世界に生きていますし、歴史的社会的脈絡の中にもいます。

遺伝子だって引きずっています。

100年前にこのドローイングを発表したとしたら、誰も相手にしないでしょう。
50年前だったらひょっとしたらちょっと注目されたかもしれません。

今はどうなんでしょうね。 私は客観的に見ることができません。(笑)

物理的に見れば

2011年7月13日 § コメントする

描くと云う行為は物理的に見れば何らかの物質に何らかの痕跡を残す行為です。

例えば紙やキャンバスに絵の具を用いて痕跡を残すと所謂絵画と云われる範疇のものが生まれる場合もあります。

たとえばこのドローイングであれば、紙というものに墨や絵の具で痕跡を残しているわけで、その行為は紙という対象に物理的な作用をしているということになるかと思います。

描くと云う行為を物理的な作用としたときに、ではその物理的な反作用は何だろうと思ったのが昨日のことなんです。

祝、心筋梗塞1周年。
ちょうど1年前の今頃は手術台の上でした。

無政府状態

2011年7月12日 § 2件のコメント

巷では、昨日の友人との話でもそうですが、今の日本は無政府状態だというところで見知らぬ人とも話が一致すると言うことを政府の方達はご存じだろうか。

つい先ほど、テレビで与謝野馨経済財政担当相が脱原発はよほどの覚悟を決めて議論しなければならない、日本経済を考えると出来ない話だというようなことを話していた。そして、今度の原発の事故は、想定を大きく上回るもので反省することはないと言った。
よほどの覚悟というエネルギーがいるから議論は出来ないということなのでしょう。
何もしない。何も考えないということに等しい発言だと思いました。

福島原発の事故はよほどの覚悟を決めて脱原発を議論する契機になっていると思うのですが・・・。

無政府状態の上に混乱、そして無責任、さらに無気力な発言をする大臣はいらない。議員も辞めて貰いたいものだ!、なんてまた憤慨してしまったのでした。

ドローイングよりぼやきの方に力が入ってしまう。

今日は、ドローイングにおける作用と反作用ということを書き始めようかなと思っていたのですが、また今度です。これもかなりエネルギーがいるのです。

 

Where Am I?

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