雪景色
2012年2月29日 § コメントする
今日は仕事で熊谷まで行ってきました。
電車から見る景色は行きも帰りも雪景色。
真っ白でした。
籠原駅から客先(になるはず)のところまではタクシー。
行きは寡黙。
帰りは饒舌。
帰りのタクシーの運転手さんは熊谷の土地のすばらしさをいろいろ話してくれました。
熊谷は地下水が豊富で昔から個人でも地下水を使っているという話を聞きました。
今は飲料水を取る井戸は200メートル以上掘らないとだめと条例などで決まっているけど、昔は10メートルぐらいの浅い井戸から取った水で生活していたとのこと。浅い井戸でも水に問題なかったらしい。
200メートル以上掘れということは、やはりいろんな廃水の影響があるのかもしれません。
その他、熊谷の土地の自慢話。
いろいろ話が聞けて面白かった。
今日のように雪が積もるのはめずらしいという話で駅に到着。
今日の色、前にもこんな色を使ったという記憶が見える。
これなんです。
こういう事を感じることができること。
そういうことなんです。
われ敗れたり、面白い
2012年2月28日 § コメントする
谷川俊太郎の言葉
2012年2月21日 § コメントする
今日(2012.2.21)の朝日新聞夕刊の文芸批評で、東日本大震災の後、詩人たちは震災後の世界とどう対峙し、自らの仕事や役割をどう位置づけているのか、いま「詩とは何か」という問いに二人の詩人の思いが語られていた。
見出しだけを書き出すと、吉増剛造は「言葉を粉々に砕き 別の声を出す」であり、谷川俊太郎は「言語以前のものに言語で触れる」であった。
どちらも同じ場に立ってはいるのだろうが、吉増剛造は言葉以前の言葉(声、音)への方法としての響きがあり、谷川俊太郎はどうしようもない境界線まで遡ったところで全ての表現の本質になるところを言っている。
果たして粉々にできるのか。
また、以前のものに触れることができるのか。









