雪景色

2012年2月29日 § コメントする

今日は仕事で熊谷まで行ってきました。
電車から見る景色は行きも帰りも雪景色。
真っ白でした。

籠原駅から客先(になるはず)のところまではタクシー。
行きは寡黙。
帰りは饒舌。

帰りのタクシーの運転手さんは熊谷の土地のすばらしさをいろいろ話してくれました。
熊谷は地下水が豊富で昔から個人でも地下水を使っているという話を聞きました。
今は飲料水を取る井戸は200メートル以上掘らないとだめと条例などで決まっているけど、昔は10メートルぐらいの浅い井戸から取った水で生活していたとのこと。浅い井戸でも水に問題なかったらしい。
200メートル以上掘れということは、やはりいろんな廃水の影響があるのかもしれません。

その他、熊谷の土地の自慢話。
いろいろ話が聞けて面白かった。

今日のように雪が積もるのはめずらしいという話で駅に到着。

 

今日の色、前にもこんな色を使ったという記憶が見える。
これなんです。
こういう事を感じることができること。
そういうことなんです。

 

われ敗れたり、面白い

2012年2月28日 § コメントする

「われ敗れたり 米長邦雄」はおもしろい。

まず無謀に思える勝負に挑んだこと。

そして、勝負に対する姿勢の厳しさ。

そこからにじみ出る人間、米長邦雄。

読み進めて、93ページの「・・・これに対して私はほぼノータイムで6二玉と指しました。・・・」というところで思わずグッときてしまいました。

1秒間に1800万手読むというコンピュータともう引退している棋士が現役時代の棋力を取り戻そうと惜しみない努力をした上で闘う。
元名人、永世棋聖の米長邦雄とコンピュータのボンクラーズとの勝負の顛末が書かれている。

まあ、読めばそのすばらしさが分かる。

先生の書

2012年2月28日 § コメントする

私の書の先生は今年85歳になられる。

16年ほど教えていただいている。

今日は展覧会作の締め切りなので土日に書いたものを持って行って見ていただいた。

帰りがけに、先生が反故にされたもので構わないので1枚くださいとねだったら、落款印を押したものを見せてこれをやると言って渡してくださった。

今、いつもは自分の書いた物を掛けているところに先生の書を掛けている。

なんと景色の違うことか。

 

今日は仕事から

2012年2月26日 § コメントする

昨日やるはずの仕事が飲み過ぎたせいで今日にずれ込んだ。

今日は朝から仕事。そして書作。

展覧会の作品の締め切りだ。

 

今日のアクセス数が200を超えていた。どうしたことだろう。

目が覚めたら11時

2012年2月25日 § 2件のコメント

昨日は大分と飲んでしまったようだ。

あららぎという初めての店でしこたま飲んだようだ。
その店を出てモスバーガーに寄ってハンバーグを4つ買い2軒目の保谷駅前のフレンドにへべれけになって行ったらしい。

フレンドには寄ったらしいという記憶しかない。

しかし、ハンバーグの2個と半分のうち2個は冷蔵庫に入れていたようだ。
半分のものは机の上に一口食べた形跡を残しておいてあった。
朝、その半分の食べかけのハンバーグを見てこれはなんだと思った。

その辺の詳しい事情はフレンドのママさんに聞いた。

まったく、だんだん酒の飲み方がだらしなくなっていく。

昨日の続きとして

2012年2月25日 § コメントする

昨日は記憶がなくなるほど飲んでしまった、ようだ。

それで朝描いたものですが昨日の続きとして・・・。

雨のち晴れ

2012年2月23日 § コメントする

朝の内の雨も昼過ぎにはやんで青空が広がる天気になった。

桜が咲く春がじわじわと近づいている気配がする。

2月は逃げるというが本当に早い。

もう後6日しか残っていない。

ビールを買いに駅の西友に寄ったら、ひなあられがたくさん並んでいた。

友達とチャット

2012年2月22日 § 2件のコメント

Skypeで大阪の友達とチャット。

向こうはウイスキーを飲みながらやってるらしい。

こっちはバーボンだ。

どうせAKB見とるんやろと思ってたら案の定。

いろいろ書いてよこしてくる。

面白いことができるようになったもんだ。

 

谷川俊太郎の言葉

2012年2月21日 § コメントする

今日(2012.2.21)の朝日新聞夕刊の文芸批評で、東日本大震災の後、詩人たちは震災後の世界とどう対峙し、自らの仕事や役割をどう位置づけているのか、いま「詩とは何か」という問いに二人の詩人の思いが語られていた。

見出しだけを書き出すと、吉増剛造は「言葉を粉々に砕き 別の声を出す」であり、谷川俊太郎は「言語以前のものに言語で触れる」であった。

どちらも同じ場に立ってはいるのだろうが、吉増剛造は言葉以前の言葉(声、音)への方法としての響きがあり、谷川俊太郎はどうしようもない境界線まで遡ったところで全ての表現の本質になるところを言っている。

果たして粉々にできるのか。

また、以前のものに触れることができるのか。

 

定位置

2012年2月20日 § コメントする

朝の電車の話。

一月ほど前から電車を待つ場所を変えた。
冬の着ぶくれでそれまでの場所だと横に座る人によって窮屈なことがあるから嫌になった。
だいたい同じ人が乗り合わせるから窮屈になる原因の人も特定の人なのです。

出来るだけストレスを掛けないように。ということを医者に言われてから朝の電車は並んででも座ることにした。座ったのに窮屈になってはストレスになるからそれで座る場所を変えたという訳です。

電車の中の座る場所を変えるだけでも風景が変わります。
前に座る人も違います。
まったく面白いものです。

Where Am I?

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