有る前から在るものに向けて
2012年4月21日 § コメントする
この何かで引っ掻いた感じが気に入っている。
2012年4月19日 § コメントする
かなりショッキングな画像だった。
放射能にやられて全身の皮膚が溶けてしまった人がベッドに寝ていた。
手と足は半ば吊り上げられている。
原子力の人に与える真の力を見たように思う。
2012年4月18日 § コメントする
木々の新芽をあちこちに見る。 まだ出始めて小さな新芽は天に向かってぴんと立っている。 その姿は空間に突き刺さるような強靱さで厳しく凛として見える。 少しして葉を広げるようになると鳥が羽ばたくような姿になって柔らかくなる。 若葉がみんな飛んでいってしまいそうに見える。 春はやはり生き生きとしている。
2012年4月17日 § コメントする
もう新しいことを覚えるのが難しくなってきた。 例えば楽器を習うなんていうのはもう無理。 ついこの間まで何枚も書いていた展覧会用の書作もその漢詩が思い出せない。 まったく情けない。 人の名前も忘れ始めた。 ついこの間は見知った人にあいさつしながら名前がなかなか思い出せなかった。 ツールのアイコンがいっぱいあって重なっているソフトなんかも迷惑な話だ。 アイコンのグループなんて覚えられないからいつも初心者みたいにうろうろしている。 親父の命日も他人の命日で思い出した不届き千万な息子だ。
まあ、そういうことでいろいろ忘れていくということなんだろう。
2012年4月16日 § コメントする
今日は仕事上のお客さんと展示会の装飾打ち合わせをしていました。 材料の色に思う色がなくていろいろ代案なども考えながら検討したりして時間が過ぎていきました。 傍目で見ればどっちでも変わらないのではというぐらいの色の違いかもしれないけど簡単に決めてしまえば妥協した気持ちになっておもしろくない。そこでじっくりと時間を掛ける。 こういう時間がいいのです。 時間を掛けて振り出しに戻したり、初めの意図を確認する。 そうして、妥協ではなく意図した新しい必然性が備わる。
原発の問題ももっと時間を掛けてみるべきだと思う。
全原発廃炉賛成。
今日は上野の東京都美術館に行ってきました。 久しぶりに行って驚いたのは、博物館を正面にした噴水がなくなったこと。 どうしてつぶしたのか。残念です。これも省エネなんでしょうか。 あの噴水の前で子供たちとの思い出があったのに。 催し物のテントが並んで、コーヒーショップの建物が開店を控えていたり、その景観はがっかりするものでした。
桜はもうほとんど散っていて、遅咲きの桜がかろうじて華やかさを保っているというところでした。 惜しむように葉桜になりかけた桜の下で宴会をしている人たちがいました。
2012年4月14日 § コメントする
朝からしとしとと一日中雨でした。
1週間の忙しさと酒に疲れた体を引きずって一日中書作。
昨日は帰りが遅くなった。 それで今ごろのアップです。
2012年4月13日 § コメントする
昨日、堤防一面の菜の花を背景に桜が咲いているのを見て今日はそれを写真に撮ろうとした。
電車の窓から眺めていた風景は、実はとても小さな遠景の風景だった。
昨日は遠いところの菜の花と桜の花をすぐ目の前に引き寄せて見ていたのだ。
2012年4月12日 § コメントする
今日は電車に乗って熊谷の先の籠原というところまで行きました。 窓の景色の中には咲き誇った桜があちこちに見られました。 一番美しかったのは、堤防一面に菜の花が咲いていてそれを背にして桜が咲いていたところ。 明日も行くから写真に撮れるかな?
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