有る前から在るものに向けて
2013年4月11日 § コメントする
図書4月号の「たまごの遠景 蜂飼耳」より 「ケージにいる鶏は、外の世界を夢想することなどあるのだろうか。配られる餌をついばんでいればそれで満足なのだろうか。鶏になってみなければ、わからない。同時に鶏になってしまうと、わからない。」
なるほど、そのとおりだと思った。 人の気持ちにしてもそういう場合があると思う。例えば自殺する人の気持ちはその人になってみなければわからないと言い、もしその人になったとしたら、やはり自殺してしまって客観的に見ることはできない。 ちょっとずれたかな。
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